ストリーム便り その1:大井川ツーリングでの体験@西田さんの投稿文です
2001年8月25日(土)〜26日(日)
参加者:相見、宇田親子、小沼、北村、小泉、小海夫妻、大塔、高山、戸川、永江、西田、山本、横山(15名)

 大型台風が豪雨もたらした数日後に大井川ツーリングが予定されていた。テレビの情報では、春野町・井川町にはこの数年来、最大の土砂災害が予想されると警報を発していた。井川町はこの大井川の上流である。ボクはたちまち恐れをなしてしまい横山さんに電話をした。「随分と増水しているようですが行くのでしょうか?」「水が多い方が楽だと思いますヨー」と横山さん。「ホホホ本当に行くので・・・」後は言葉が出てこない。「念の為、明日現地へ問合せますが大丈夫だと思いますヨー」とのんびりした声が返って来た。人を殺す気かと思ったがボクにとってはカヌーの神様のような人であるのだから信じるしかない。信じる者は救われると言うではないか。
 5台の車に分乗した15人の精鋭(約一名を除く)は意気揚々と多摩センター駅前を出発した。皆、楽しそうな顔をしている。この人達の神経はどうなっているのだろう。ボクはすでにドキドキし始めているのに。途中少しの工事渋滞が有ったものの順調に大井川沿いの道に入った。道の近くを流れている小川は渦を巻いているではないか。一段と動悸が早まった。いつものコンビニで弁当を仕入れてしばらく走るといよいよツーリングのコースが見える右岸の道になる。右下には鵜山の七曲りと云われるように次々と川が道に近づいて来ては離れて行く。「見て見て、あんなに波が高くなっている」「ミテミテ、あんなに早い流れが岩にぶつかっている」とわめいても運転している小沼さんは唇の端を少しゆがめただけで素知らぬ顔だ。しかたがないので同乗の戸川さんを巻添えにするべく「あれ恐いでしょ戸川さん」「あそこでは沈するね戸川さん」と、さかんに同意を求めた。ボクの心臓はすでにギュッと縮まりまさに爆発寸前である。「どうしてくれるのよ横山さん」と、もう八つ当り状態である。「オレ見学してようかな」と、それ程切羽詰っているようには聞えない声で戸川さんは云った。おっ、巻込んだ甲斐があったと思ったが、きっとボクの心を見透して云ってくれたのに違いない。
11時過ぎ、くのわき親水公園キャンプ場に到着。車を川根温泉へ廻送している間にテントやタープを張った。全員揃った所で昼食にする。いよいよ出発。前回来た時は右岸のすぐ下を流れていた川は大きく流れを変え、はるか左岸寄りになっていた。そこまで艇を担いで行くだけでアゴを出してしまった。
 水量が多く流れが早い、川がザワザワしている。気持はとっくにザワザワしてる。今まさに13時30分、恐怖の予感が当りそうな幕開けである。すぐに瀬に入った。行く手を阻まれると右に曲がる。流れは早いものの波立っていない所を少し下ると又大波の中へ入る。今度は岩が立ちはだかっていて流れを左に変える。広い川床を穿った流れは右手の山裾から左側の崖へと大きく蛇行している。そしてその方向を変える所が大きな波しぶきを上げながらボク達を待ちかまえているのである。大きな渦がいくつも有って巻込まれそうになったりいくつもの瀬を乗り越えて来たが、又々大きな波が泡立っている所へ差しかかった。もうすでに頭の中はまっ白になっている。「ゆっくりでも良いから確実に波頭をとらえて流れに負けないようにしっかり漕げば大丈夫だよ」と、以前に横山さんに云われた事を思い出した。それはまるで神の声を聞くように少し心を落ちつかせてくれたが、まだまだ恐怖に満ち満ちのボクは「ナムミョウホーレンゲキョウ波頭ナムアミダブツ波頭アーメン」と唱えながらボクには2mもあろうかと思えた大波に突っこんだ。波に翻弄されながらも奇跡的に脱出に成功、岸辺にスタンバイする。
大井川ツーリング

 今日はどの岸辺でも流れが早く、うっかりするとすぐに流されそうになるので決して油断できなかった。この瀬では数人の人が沈をしたが、その人達はきっとお題目の事を忘れていたのに違いない。
 少し下ると所々に20cm位の岩が頭を出していて流れを切裂いていたが、あまり気にも止めず漕ぎ下っていたら突然一つの岩に横向きに吸い付けられてしまった。すぐ脱出できると思ったが手強い。流れに押されて左舷は水面の下になろうとしている。立て直そうとするのだが中々元へ戻らない。カヌーを岩に押しつける力が増々強くなってきた。一生懸命ふんばっていたが沈寸前まで艇が傾いてきている。これで沈しない方が不思議だ。もう駄目だと思ったボクの脳裏に体がゆっくり水面に倒れて行く姿が映った。それは体力の限界から開放され、これで楽になれると云う陶酔と云ってもいいような感覚だった。が、その瞬間体が自然と反応していた。左ヒザを思いきり持ち上げ上体を右の水面近くまで倒しパドルで岩を抱え込む、これらの事を渾身の力を込め同時に行っていたのである。今まで艇を押えつけていた濁流は艇の下を流れている。脱出に成功したのだ。あの甘美な誘惑に負けていたら艇を押えつけていた濁流はボク自身をも岩に押しつけ脱出もままならなかったかも知れない。
 山の端に傾いてきた太陽はさざ波を金波銀波に色彩り、眩いばかりに輝いている。我々のカヌーはそれらを静かに切裂きながら下って行く。心が休まる価千金の一時である。
 「皆サーン、ゴールの鉄橋が見えてきましたヨー」と神サマの声。やれやれと思ったのも束の間で笹間川との合流地点になるのか、流れが左右からぶっつかり合って馬の背のように2m(と思えた)も盛り上がり、ゴゥーと音を立てて荒狂っている。一難さって又一難かと思いながら呆然と眺めていた。しかし引き返す訳には行かぬ、前進あるのみだ。以前にはもっとすごい馬の背を無事通過した事を思い出した。その時にも横山さんに「一番激しそうに見える盛り上がっている所を通れば安全だよ」と言われた事があった。そうだ馬の背の上だ。ボクは颯爽と先頭を切り、荒ぶる恐竜の背中を目指して漕ぎだした。実は最初に行けば沈をしても早く助けて貰えるだろうとしっかり計算していたのである。そして「ナムアミダブツ馬の背をアーメン波頭」と唱える事も忘れなかった。それを忘れていた人達数人が沈をしたが、ボクは神サマに見守られているので無事に乗り越える事が出来た。しかしパドルを握っている手は固く硬直していた。ようやく鉄橋にたどり着いた。カヌーを引上げ担いで行くと、4m程しかないがとても歩いて渡れそうにない急流に行く手を遮られた。しかたないので又カヌーに乗り対岸へ渡りやっと今日のツーリングが終った。
乾杯
「川根温泉・ふれあいの泉」で手足を思い切り伸しながら、今日はSLを二回も見たのに漕ぐ(流されていたのかも)のに夢中ですっかり忘れていた事を今思い出した。
 18時30分川根温泉を出発。キャンプ場に着いた頃にはもう夕闇が漂い始めていた。今夕は三種類のパスタ料理で気分はすっかりイタリアン。
一人タープの外に出て中天を仰ぎ見ると、澄みきった半月が煌々と輝き私を照らしてくれている。まるで月光のスポットライトを浴びているようだ。「越すに越されぬ大井川」「豪雨で増水した大井川」「15人の内7人が沈をした大井川」それを無事に下り切った私。そうだ、人は何と云おうと今日の私を自分自信で誉めてやろう、とスター気分で呟いたのである。
 帰りの東名でA車のパドル止めの前側が壊れパタパタ状態になったし、B車のパドルは止め具と共に落下してしまった。パトロールを呼んで探して貰ったが見つからなかった。事故にならなくてよかったものの、これからは十分な上にも十分な点検をしなければいけないと思った。

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